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『ぼんとリンちゃん』小林啓一監督・佐倉絵麻 インタビュー

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『ぼんとリンちゃん』小林啓一監督・佐倉絵麻 インタビュー

 

 

 ――『ぼんとリンちゃん』はオタクたちが主人公ですよね。オタクって、独特の芝居がかった喋り方の人もいるものですが、小林監督は、主人公のぼんをどんな女の子にしようと思っていましたか?

小林 ぼんはどちらかというと普通に近い腐女子で、興味があることは何でもやるけれど、特にBLが好き、という感じです。受け取るだけではなくて、自分からもエネルギーを出していくタイプ。それを表現しようと思いました。

――佐倉絵麻さんは、ぼんの言動をどう思いましたか? 特徴的なしぐさもありましたよね。

佐倉 私がもともとオタク気質なので、ああいうしぐさは普段からちょこちょこ出ていたと思います。それを監督に気づかれていました。

小林 普段からこんなところもありましたね。それをもうちょっとわざとらしくやるとああいう感じになります。指先にも力を入れているんだよね。

佐倉 「いえいえ」と言う時に、手を立てて振るんですけど、固いんですよね。

――手をピシッとさせて固く動かすんですね。アニメっぽい動きというか。お友達と話す時もそうなんですか?

佐倉 私自身はまったく自覚がなくて、リハーサルをやっていて、「今のはめっちゃオタクっぽいね」と言われて初めて気づきました。

小林 リハーサルでアクションをつけていくんですが、わりと自然に進んだと思います。でも、ちょっと練習したっけ?

佐倉 固い動きとかを。

――普通の女の子はそういう動きをしないじゃないですか。おそらく「可愛くないことへの恐怖感」があって、とにかく可愛くない言動を避けるんだと思います(笑)。でも、オタクは可愛いことが優先順位の一番ではないので、可愛くないしぐさも気にしないのかなって。

小林 そこは僕も惹かれる部分です。独特の観点と発想があって、そこにオタクの人たちの良さがあるのかな、と思います。

――佐倉さんは、オタクっぽいしぐさはなぜおこなわれるんだと思います?

佐倉 顔のところに手を持っていくのは、「この辺りを見られたくない」みたいなことがあるのかなぁと。多少なりともコンプレックスがあって。

――腕組みはどう思います?

佐倉 カチッとはまるので身体の収まりが良い、というか。そうしないと、ふら~っと、ずっと動いちゃうし、間が持たなくて余計なことをしちゃいそうな気がして。

――なるほど。『ももいろそらを』の取材で小林監督にお話を伺った時、「普段から人間は演技をしているものなので、映画の中でもそれをやって、二重に演技をするようなシーンを作る」とおっしゃっていましたね。オタクは演技っぽいしぐさをするので、「演技をしている人」が小林監督の気になるタイプなのかなぁと思いました。

小林 映画の中にも、「何で芝居がかっているの?」というようなセリフを入れたりしています。芝居がかっている時といない時のオンとオフがあって、その切り替えはよく分からないんですけど。何を考えているんだろうな? みたいなところに惹かれます。

――佐倉さんは日常の中で、人が演技をしているな、と感じることはありますか?

佐倉 高校時代、自分が家と外で何でこんなに違うんだろう? と思っていました。どっちも自分といえば自分なんですけど、これだけ差があるというのは、自分に二面性があるのか、良く見られたくて見栄を張っているところがあるのかな、と感じたりして。素でいたいのに勝手に切り替わっちゃうことに悩んだこともありました。家だと、落ち着いた感じであまり振れ幅がないんですけど、学校だとテンションが高めなんです。無意識に他人を笑わせようとしていて。みんなが黙る瞬間に耐えられなくて、気が付くと、みんなの話をつなげようと、私ばかりが話を振っていたんです。「新しい時計買ったの?」とか「今日、テストどうだった?」とか、どうでも良い話を振っちゃうんですよね。私がやらなくたって誰かがやるし、もともとリーダーシップがあるタイプではないから、家ではしないのに、どうしてそんなことをしちゃうんだろう? 自分のキャラじゃないのにと、家に帰って思っていました。

――面白いですね。小林監督はそういう「相手によって態度が変わる」ということも気にされていましたよね。最初のカフェのシーンで、三人でいる時と、リンちゃんがいなくなった時とでぼんの態度が変わっていましたね。

佐倉 急に緊張してきちゃって、話しかけづらくなるんです。

小林 そういうところが上手かったな、と思います。

――すごく細かいところまで描かれているから、どこまでが作られたものなのか? と気になって。あのシーンでも、べびちゃんに「何でBLが好きなの?」と聞かれて、「そこ聞いちゃいますか?」と言って、スプーンを取って「キリッ」と言うんですよね。どこまで打ち合わせているんだろうって。

小林 リハーサルは何度もやりますが、実際に現場でやれるのは一回か二回なんです。現場に小物があると、リハーサルでやっていた演技とは違ってくるんですよね。だから、本番で周りにあるものとお芝居をくっつける、というイメージです。

――アドリブもあるんでしょうか?

小林 アドリブはほぼないよね。

佐倉 スプーンをブンブンやっていたのはクセです。

――なるほど。「キャラクター設定はすごく作るんだけれど、演じる女優さん本人との接点を探す」とおっしゃってましたね。

小林 今回もそれに近いですね。リハーサルでやっていたしぐさは、自然でいて欲しいから、敢えてツッコまずにいました。

佐倉 カメラがあるから最初は緊張するんですが、気が緩んでくると、いつものクセが出ちゃうんです。ぼんとして生活して、普段読まないものもちょっと見てみたりして、オタク度を掘り下げた結果、出てきたクセみたいなものもあります。

――それも面白いですね。佐倉さんは、ぼんに入り込めましたか?

佐倉 初めてだったので、何とも言えない感じですが、自分なりにぼんになれたのかな、と思います。ぼんに慣れるために、自分の知っているアニメの名ゼリフをちょくちょく会話にはさむ、ということをやっていたんですよ、今は当時のようにはできないですけど。

小林 異常なほどのセリフ量でしたからね。

――あと、腐女子の特徴を良く捉えていると思ったのが、ぼんの言葉遣いです。腐女子は「私、BLを読んでいて」とは言わなくて、「ホモが好き」と言うことがあるんですよね。もっと行くと「アナル関係が好きで」とか、そういう言い方になる。監督はどうしてそんな人物像を知っているんだろう、と思って。

小林 一応、モデルがいるんですよ。僕がオンラインゲームで知り合った腐女子の女の子と男の子。その子たちがいろいろ教えてくれました。面白くて新鮮だったんですよね。可愛らしいのに、すごくイヤラシイことを言う。でも、つき合うとか、そういうことにはまったく興味がない。彼女たちが「BL」じゃなくて、やたらと「アナル」とか「ホモ」と言っていたので、自然と植えつけられちゃったというか、そういう風に言うものなのかな、と。

――あれも自己演技の一つというか…監督はどう思いますか?

小林 自分たちの間でしか通じない言葉を作り上げていくというのは、結束力というか、心のつながりを求めているのかな、と思います。

――佐倉さんはどう思いますか?「BL」と言わずに、わざわざああいう表現をするのは?

佐倉 自分たちを「腐女子」と言わないのは、周りがカテゴライズしたものだから自分で言いたくないのかな、と思うんですが、でも、いきなり「アナルが好きなんです!」となるのは結構不思議だなと思います。「BL」じゃダメなんですかね? 細分化するといろいろあるんでしょうか。

小林 初めに、モデルとなった子に「こういうのを書いたよ」と、脚本を見せたんです。そうしたら、「これBLじゃなくて、やおいと言ってください」と言われました。「何で?」と聞いたら、「BLはホンモノじゃないんで」と言っていて。ただ、今回は「昔から知っているから」という感じはやめた方が良いかな、と思ってそうはしなかったんですけど。

――やっぱり言葉一つとっても敏感にニュアンスの違いがありますよね。

小林 ぼんみたいな人はあんまりいないと思うんですけど、オープンなオタクで、他人がそれに興味があると言ったら、「一緒にやろうよ!」というタイプなんです。オタクの人はすぐに「お前、それは違うよ」と、否定から入るじゃないですか。それに対して、こうすればもうちょっと楽しくなるんじゃないか、という提案の意味もあります。

――なるほど。ぼんについて気になったことがあるのですが、べびちゃんの部屋で美少女キャラのポスターを見て、ペロペロペロと言うじゃないですか。あれは何をやっているんですか?

佐倉 それはよく聞かれます(笑)。オタクのテンションの上げ方や話のつなぎ方がよく分からなかったので、高杉さん(リン役)に薦められて2ちゃんねるを見たんです。まとめサイトとかも。そうしたら、「prpr」とか「ペロペロ」と書いていて。そこからとって、映画の『地獄の黙示録』を鼻歌で「ペロペロ」と歌いながら見ようという話になりまして。

小林 初めは『地獄の黙示録』のワーグナーの「ワルキューレ」をやる予定だったんです。でも、あまり面白くないから、「ペロペロっていうのを、自分で曲をつけてやって」と(笑)。

佐倉 それで、その場で歌っぽくしながら、ペロペロペロペロ言っていました(笑)。ペロペロで点数をつけていきながら、最後にここが良い! というところで、「ペロペロペロペロペロペロペロペロ!」と「八ペロ付ける」みたいな。実は採点していたんです。

――そうだったんですか! ぼんはそういう風に、落ち着きがないというか、常に間を持たせようとして黙っていられないんですね。リンちゃんは黙っているけど。

佐倉 そういうところは、ぼんと私は似ていますね。

 

ぼんとリンちゃん ぼんとリンちゃん
ぼんとリンちゃん ぼんとリンちゃん

 

――そして、そのあとの展開ですが、家に泊まった時に、べびちゃんが襲ってくるじゃないですか。その一件をリンちゃんはすごく気にしていて、「ねえさんは無防備だ」とか言う。ぼんとリンちゃんって、普通だったら「つき合っている」関係性っぽいのに、オタクだからなのか、恋愛に行かない。微妙な関係が面白かったです。

小林 「つき合っている」というのは、二人とも恥ずかしいと思うんです。恥ずかしいのがずっと続いていて、何かきっかけがないと行けない。今回東京に来たことがきっかけになるかもしれないですけど、ぼんがすぐに自己修復をしてしまうから、リンちゃんは行くに行けなくなってしまう。でも、だからこそ、そういうぼんに惹かれていくんだと思います。最後、関係を持つか持たないか、というのは結構悩んだんです。

――なるほど。持ってしまうとまた…。

小林 関係を持つとよくある話になってしまうんですよね。「性とか男女の関係が一番良いんだ」という答えになってしまう。それでは全てを否定する感じがしちゃって。この二人はまだまだ続いていって欲しいし、物語は終わらないので。

――佐倉さんは、ぼんとリンちゃんの関係をどう思いながら演じていましたか?

佐倉 異性に対して、つき合う、つき合わないで分けてしまわないで、友だち以上恋人未満の状態が良いな、というのは分かります。自分にも男の子の幼馴染がいるんですが、ちょうどこんな感じの距離感でした。監督が思っていたこととはちょっと違うかもしれないですけど、これがぼんには一番居心地の良い距離感なのかな、と思っていました。

――男女関係の物語って、結局恋愛として決着し、成就したから良かった、という答えになりますよね。でも監督は単純にそれだけにしたくないと…。

小林 すごく好きな趣味があるというのは一つの武器だと思うんです。人間の幅や面白さでいうと、何かに特化して一生懸命な人の方がエネルギーを感じるし、「自分もがんばろう」という風になると思うんですよね。

――確かに。ではストーリーの話題に戻りまして、ぼんたちはみゆちゃんを探して彼女の元カレのところへ行きますよね。そこで元カレが、「みゆはひそかに風俗をやっていて、エイズをうつされたかもしれない。死んじゃう」みたいなマイナスなことを言う。悪い人だと思って行ったのに、責め切れないものがある。その辺も一方向に進まない展開で面白かったです。

小林 男の人が「あいつ風俗をやっているんだぜ」と言ったら、風俗をやっている人たちが悪いということになっちゃう。それってどうなのかな? と思ったりもするんです。だから、敢えてそういう場に主人公たちを置いてみました。「風俗は悪くない」と言ってしまうと、それはそれで変な感じですけど、そこを考える感触を一度味わってもらえたら成功なのかな、と思います。「風俗嬢=悪い」というのが、自分の頭の中にもあったな、と気づいてもらうというか。別に推奨しているわけではないんですけど。

――あの時、ぼんちゃんは服のすそをぎゅうぎゅう握っていましたね。細かい表現でした。

佐倉 栄太郎さんが本当に怖かったんです。ものを投げる時とか、本当に全力で投げてくるから。結構、素の反応でした。

小林 彼は日本で唯一の女形芸者で、演技は初めてだったんですよ。

――どうして彼を選ばれたんですか?

小林 蟹江田敬三という役名にしていましたが、僕は蟹江敬三さんがすごく好きなんです。蟹江さんのような人を出したいと思ったんですが、なかなかいなくて。プロデューサーと相談していた時に、前に一度取材をしたことがある栄太郎さんが良いんじゃないか? という話になりました。女形芸者はちょっと冷たい言い方もできるし、あのひょろっとした感じが蟹江敬三さんみたいに上手いこといかないかな、と思って起用しました。本人もやってくれるというので、良かった! と思って。

――なるほど。しかし、佐倉さんは本気で怖かったんですね。

佐倉 ワンテイクめで栄太郎さんの投げたものが足の爪に当たってカツンとはね返ったんですが、痛いわ怖いわで、本気で怖くなってしまいました。「みゆちゃんは…」というセリフは本当にドモッていました。

小林 栄太郎さんも初めての演技だから、緊張している感じもあって。そこが上手い具合に働いていました。

――あの部屋の緊張感はすごかったですね。空気感が伝わってきました。

佐倉 「うぜえ」と言われると、怒っているー! と。でも、あれは女形芸者さんならではなのかな、と。「しっとり」というか、「ねっとりした」というか。

小林 そうなんですよ。今、「空気感が伝わってくる」と言って頂いて嬉しかったんですが、一カットを多用していたことにはテーマがあって、隣のテーブルにいる人たちの会話をずっと聞いているような距離感で見せたかったんです。最終的には、「映像体験をした」という感じになって欲しいな、と思って。この作品のように銃も出て来なければ、車も跳ねない、何でもない映画が映画館でかかることの意味は何なんだろう? と思った時に、「疑似映像体験」かな、と。確かに見ていて一カットが長いな、と思う時もあるんです。特に蟹江田のシーンは必要以上に長くしました。見ている人にも、この「嫌な感じ」を味わって欲しいと思って。ぼんちゃんたちと同じ時間だけ、嫌な気持ちでいたらどんな感覚かな、という一つの実験でした。

――アップや切り替えしもせず、ロングでカメラがゆらーっとちょっとだけ動くような感じですね。ずっと固定だと、定点観測みたいになってまた違う意味合いになりますが。

小林 僕が「もう一人の存在」として、気になる人たちを捉えていく感じですね。カメラのレンズも、倍率とかは肉眼と同じなんです。

――あと、カット数が極端に少ないですよね。見た感じでは、四〇か五〇くらいじゃないですか?

小林 そのくらいかもしれません。

――最後は一〇分くらいの長回しですし。最近、なかなかないですよね。ホームでべびちゃんとリンちゃんが話しているシーンも、気づいたらカメラが人物の近くに来ている。じわーっと自然な視点でしたね。

小林 僕はあれをやるために太りました。太るとカメラが安定するんですよ。力も湧いてくるし(笑)。

佐倉 「肩がパンパンだよー!」と言っていましたもんね。

――カメラの切り取り方は面白かったです。そして、物語の後半ではみゆちゃんに会うわけですが、みゆの人物像も面白いと思いました。べびちゃんのコートを掛けようとしたとき、べびちゃんに「いいよ、いいよ」と遠慮されて、「何で?」とすごく不思議がるじゃないですか。確かに普通の男性なら「ありがとう」と軽く済ませる。でもオタクは女の子に図々しくなれないから、すぐに「いいよ、いいよ」と取り下げてしまうという。その対比が何気ないシーンに出ていて面白かったです。

小林 まず断るところからはじまりますもんね(笑)。「あ、大丈夫です、大丈夫です」とか。

――みゆちゃんをああいう人物像にしたのには、対比を見せたい、ということもあったからでしょうか?

小林 昔はオタクだったけれど、「オタクを卒業した人」というイメージで捉えています。いわゆる一般人の感覚。やっていることは風俗ですけど、一応自分を正当化して、「行動しなきゃダメなんだ」という感じで、オタクを責める立場を出したかったんです。

――みゆは風俗にいて、「ここでは私は必要とされている。みんなが喜んでくれる」と言いますね。そのこと自体は誰も否定できない。そういう点も多面的で、皆の考えが拮抗し合っている感じがしました。

小林 脚本を書いている時点で、風俗の女の子たちに取材をさせてもらったんです。いろいろ話を聞いていると、やけに明るい子が多くて、「喜ばれたい、喜んでくれることが嬉しい」と言うんですよね。「本当にしなくて良いの? せめてお風呂だけでも」とか言われて(笑)。自分にそう言い聞かせているのかな、と思う時もあるんですけど。

――「こういう仕事もやってみたら嫌じゃなかった。みんなが喜んでくれるし」と、みゆちゃんは言いますよね。取材された中で、そういう感覚がありましたか?

小林 「嫌じゃなかった」と言っている人もいました。それは面白いな、と思ったんですけど。

――つい、辛い人間が風俗をしていて、恵まれた人が良い仕事をしている、と思いがちですけど、そうとは限らない場合もありますよね。そういう先入観に気づかされるところがありました。

小林 先入観は本当にあると思うんで。そこは感覚的に、見終わった後に「あれ?」と思って欲しいな、と思います。

――それに絡めて、本作は「欲望の話」という側面があるような気がします。お金や名誉ではなくて、性を含む人間関係についての欲望。ただ、リンちゃんはあからさまに出さない気がしました。彼は性的ではないキャラクターなんですかね?

小林 そうです。だから、すごく可愛い子を選んだんです。男っぽい感じが少しでも出て、そこに性欲が見えちゃうと、関係性が崩れちゃう気がして。でも、オカマっぽいキャラクターはちょっと違う。なかなかそういう男の子がいなくて…。さんざん性のことを描いているけれど、最終的に性に落ち着いちゃうと、全部がぶち壊しになっちゃう。初めからそれをやっておけば良いじゃんという感じで、何もはじまらないし、完全に主人公たちを否定しちゃう感じがして。

――簡単に語りきれないところがまた面白いですよね。最終的に結論を出したり、上手くまとめたり、という物語ではないですし。

小林 自分でも、どういう結論が良いのか、見い出せなかったところもあって、分からないなりに作ってしまえ! という部分もあったんです。それを世に出して、反応を見て「こういうことだったんだ」と分かるのかな、と。パンフレットの解説を『嫌われる勇気』の岸見先生に書いて頂いたんですが、それを読んで「ああ、自分が言いたかったのはこういうことだったんだ!」と、すっとしました。

――ホテルでぼんとみゆちゃんが口論をして、白熱はするけども交わらない。あの感じは演じていてどうでしたか?

佐倉 セリフは言うけど、みゆちゃんと気持ちの上でかみ合わない感じなんですよね。みゆちゃんの言っていることは、ぼんには共感できない。でも、何回もやっているうちに、だんだん気持ちが追いついてきて、声も少しずつ出るようになりました。私は大声で喧嘩をしないので、最初は声も出なかったんです。演じているうちに、「私はみゆちゃんにこんなことを伝えたいんだ!」と本気で思えてきて、本当にみゆちゃんのことが心配でした。私が言わなかったら、みゆちゃんはこの先どうなっちゃうんだろう、と。だから、その気持ちが伝わってくれると良いな、と思うんです。

――「バッグを買いたいからお金が欲しい」という理由で風俗をしている人とちょっと違うじゃないですか。単純に責め切れない葛藤はありませんでしたか?

佐倉 完全に間違っていると言えないことは、ぼんも分かっていると思うんですよ。自分としても、生きる意味や本質的なところでBLが好きな理由が分からない。そういったところを逆に突かれちゃった。みゆちゃんが言っていることの方が、もしかしたら合っているのかなって。BLが自分の伝えたいものの象徴なのかどうか分からないから、みゆちゃんに突っ込まれると弱いんですよね。

  

ぼんとリンちゃん ぼんとリンちゃん
ぼんとリンちゃん ぼんとリンちゃん

 

――今回は「誰も正しくない」ということが、すごく印象的でした。この作品ではズバッと「男前」な行動をできる人がいないんですよね。ホテルを出た後に、ぼんが「私、迷子だ」と、道行く人とすれ違ってバンバンと人の肩に当たるじゃないですか。そこでリンちゃんは後ろをついて行くしかない。今こそ、何とかしてあげなきゃいけないのに何もできない…。

小林 リンちゃんは、最後にみゆちゃんに声を掛けられていたじゃないですか。イマイチぼんを守り切れないんですよね。ちょっと客観的になり過ぎちゃうところがある。ぼんがすごいエネルギーを発している時には近寄れない。だから、ホテルを出た後はああいう風にしたんです。本当に弱っている時ではないのかもしれない。街を歩く人に道を譲らない、というのも裏テーマなんです。いろんな人にぶつかって行く。自分を曲げないで行こうとするんだけれど、迷子になっちゃう。

――なるほど。意志は強いけど、もどかしい感じですね。

小林 でも、「この道しかないから!」と。それがどこに行くのかは分からないですけど。そういう時に、リンちゃんは手を差し延べることができなくて、引っ張っていくことすらもしてはいけないと感じるんだと思う。どっちが正しいんだろう? と、見ている人も感じると思うんですが、本当にどっちも正しくない。どちらが勝つ、ということではなくて、「交わらない」話なんです。だけど、一つ提案できることは、「情熱のある人、エネルギーを保ち続けている人が最後には勝つんじゃないかな」ということです。自分の中の正義を持ち続ける人が、最終的に自由を勝ち取る人だと思うんです。

――みゆちゃんに会う直前、プレゼントの同人誌を買いに行く時にそんなセリフを言いますよね。「心にいつも妄想を。でないとタフになれない」って。そこではぼんの情熱が、ちょっと垣間見えるわけですね。妄想が大事という…。

小林 そうですね。まさに、そうでないとタフになれない、という。何でも良いから妄想の世界にドップリ浸かれるというのが、一番しあわせなことなんじゃないかな、と思っているんですよ。人間関係とか子供を産むとか、そういうことは一切なしにして、脳の中では妄想に浸かって、自分の思い通りに人を動かせますよね。それはしあわせだと思うんです。それを現実のものにできるかどうかは、一つの葛藤だったり、テーマになったりすることなんですけど。

――この映画は、自分がどんな妄想をするのか、というのを考えるきっかけとなるかもしれませんね。

小林 本当に。

――そして物語の最後に、ぼんはずっと一人で話し続けますよね。でも言っている内容はまとまっていない。佐倉さんはあのセリフを言いながら、「最後の最後だけれど、まとめなくて良いのかな?」と思ったりはしませんでしたか(笑)? とりとめのなさが良いんだけど、何を言っているのか分からないという…。

佐倉 私も最初は「は?」という感じでした(笑)。「苦悶が餌」って何ですか?「究極のM」って? と。でも、岸見先生の『嫌われる勇気』を読んでみたら、「ぼんって、そうなんだ」と思うことが多くて。ぼんは自分の生は真正面から受け止めるものだと考えているから、みゆちゃんが他人のために生きているという風にしか映らないんだな、と。「嫌じゃなかった」し、「喜んでもらって嬉しい」のは分かるけれど、喜ばれるためにやる、というのは他人のためにやっているわけじゃないですか。それをどんどんどんどん突き詰めて行ったら、「他人のために自分の人生を生きる」ことになっちゃう。ぼんにはそう見えたのかな、と思うんです。自分はどのみち死んでしまう。苦しみはなくならない。私も結論は出ないんですけど、苦しみは知ってもなくならないし、知っても知らなくても続くものだとしたら、結局は自分の意識を変える、ということなのかな、と思うんです。自分の意識次第なのかな、と。そこに疑問を持つことに意義があるんだろうな、と感じました。

――結論とは別のなにかというか…。最後にぼんは「苦悶にもアナルはある」と言いますよね。リンちゃんは「出口がある」と解釈しますが、ぼんは「アナルは入口だよ」と返す。ここがこの作品の上手いところで(笑)。

小林 BLに落とし込みました(笑)。

――BLを象徴するアナルの話を出して、それをどう捉えるか、というのは面白いところですよね。性行為だとしたら快感もあるわけですし。考えさせるラストです。

小林 ぼんはもともと他人の言葉によって、自分を奮い立たせていた人物ですよね。いろいろ勉強もしてきて。そんななか、何も考えていない時に、自分の言葉でポンと結論を言っている。本人も自覚しないうちに。でも、ここがスタートなんだろうな、と思うんです。自分の好きなものについてちょっと言っただけだけど、哲学的なものを捉えている。あとは、それに気づくか気づかないかが一つの成長ですよね。

――成長しているとしてもほんの数ミリで、ほとんど気づかない程度、と監督は言ってましたよね。

小林 基本的には成長していないですからね。

佐倉 結局、グルグルしているので。

小林 自分では無意識に言った最後の言葉を、見ている人が「あ、結構良いことを言っている」と思うだけで。良いことかどうかは分からないですけど(笑)。見ている人は「成長した」と思うかもしれないけど、実際のところ本人は気づいていないんですよね。

――じゃあ、最後の一言も、特に意識せずに言う感じなんですね。

小林 そうですね。説明もしなかったもんね。

佐倉 ぼんが「べびちゃんはキモオタ」だの何だのと言っている裏で、頭の中ではずっとグルグルグルグル考えていたことがぽろっと出たシーンなんだと思います。

――なるほど。その自然さが良かったです。そうしてエンディングを迎えるわけですが、エス編集部で協力させて頂いたエンディングのイラストについて、感想を聞かせてください。

小林 イラストの見せ方をすごく悩んだんですが、文字を載せちゃうのはちょっとな、と思って、パッと映る感じにしました。でも、ああやって細かく見せても、すごく印象に残ると思います。

佐倉 私は初めて今回の台本を読んだ時に「?」が飛び交うこともあったんですが、イラストレーターさんたちの絵を見ると、「本当にぼんだな」と感じました。私だったら、一回映画を見たくらいじゃ分からないかも、と思うところも、ぼんらしく、リンちゃんらしく描いて頂けていました。立ち位置や構図も、「ああ、こういうの分かる!」と思って。キャストたちの心の距離みたいなものがすごく伝わってきました。

 

ぼんとリンちゃん ぼんとリンちゃん

 

――そうでしたか。佐倉さんは、初めての映画だったわけですが、最後に主演した感想を伺えますか?

佐倉 演じる人にもいろいろいると思うんです。「スタート!」と言われたらバシッと切り替わる人もいるでしょうし。でも私は器用じゃないので、リハーサル中にちょっとずつぼんに沈んでいって、撮影でぼんに浸かりっぱなしになったと思います。その日の撮影が終わってご飯を食べに行くときも、ずっとオタクっぽい感じだったんですよ。固い手の動きが取れなくて、いまだにちょっと残っています。

小林 あの膨大なセリフは、自分の中でどう処理したの?

佐倉 憶えられるかなー? と思ったんですが、「大丈夫、一日で全部撮るわけじゃない! 落ち着け自分!」と思って。「セリフをどう言うか」というより、「頭の中をどう動かして、ぼんがしゃべっているか」を吸収しようと思いました。心理状態の動きを憶えようとしたんです。言葉より心理状態をなぞっておく方が気持ちも出やすいし、「あ、忘れちゃった」という時に、心の動きを憶えておけば感覚の記憶なんで、すごく外れたセリフは出てこないだろうと思って。最悪憶えられなかったら、監督に「私がぼんになった結果、こういう考え方になっちゃったんです!」と言うしかないな、ぐらいの気持ちでやらせて頂きました。

小林 「セリフを間違えても良いよ」と言ったんですけど、「監督がせっかく考えてくれたセリフだから、間違えないようにがんばります!」と言ってくれて、嬉しかったです。

佐倉 文字を書く人はずっと机に向かって書いておられるので。私なんて作文だけでもつらいです。だから、監督にとっての一言一言は本当に大事なんだろうな、と思って。

――小林さんは、佐倉さんに演じてもらっていかがでしたか?

小林 素直に、彼女で良かったな、と思います。いろんなものを吸収してくれて。ぼんの身長のデカさもそうですし、漫画っぽい、アニメっぽいビジュアルもピッタリでした。僕自身、公開が楽しみです。

――私たちも楽しみにしています。ちょうど本誌が発売してまもなくの公開となるので、漫画やアニメを好きな人たちも見ていただきたいと思います。今日は色々お話してくださり、ありがとうございました。

 

映画情報

『ぼんとリンちゃん』

9月20日(土)より

新宿シネマカリテシネ・リーブル梅田他

全国順次公開

 

監督・脚本・撮影:小林啓一

出演:佐倉絵麻、高杉真宙、桃月庵白酒、比嘉梨乃、まつ乃家栄太朗

製作:マイケルギオン、フルモテルモ

配給:フルモテルモ

©ぼんとリンちゃん

http://bonlin.jp/

 

 16歳と62ヶ月を自称する学生の四谷夏子(通称:ぼん)は、幼なじみの友田麟太郎(通称:リン)を巻き込む形で、ボーイズラブ(BL)やアニメ、ゲームを楽しむオタク少女。その二人が、親友の斉藤みゆ(通称:肉便器)を連れ戻しに東京へやって来た。肉便器は、かつては二人のオタク仲間だったが、今は東京で彼氏と同棲している。しかし、彼氏から暴力を振るわれているらしく、心配になったぼんは「肉便器救出作戦」を実行に移すのだった。ネットゲームで知り合った会田直人(通称:べびちゃん)に協力をあおぎ、肉便器のもとへ向かう。本作は、友人を救出するという出来事を中心にしつつも、ぼんたちのオタクぶりをそっとかいま見る感覚があり、アニメの登場人物に扮したような言動や、部屋一面が美少女キャラづくしという痛部屋などが楽しい。「情熱とエネルギーを持つ人が最後に自由を勝ち取る」と小林監督は語ったが、好きな世界を生き切ろうとするぼんたちの力と、その力の源は何なのか?と考えて悩む姿が同時に描かれるのも印象的だ。なんだかわからないものを抱えつつも輝くということ。そんな青春の光を感じる作品である。

 

 

 

プロフィール))

小林啓一(こばやし・けいいち)

1972年生まれ。テレビ番組、ミュージックビデオ、CM、ビデオドラマ、ウェブドラマ等の作品を多数演出。長編映画初監督作品「ももいろそらを」が第24回東京国際映画祭日本映画・ある視点部門にて最優秀作品賞を受賞。翌年にはインディーズ映画の登竜門であるサンダンス映画祭ワールドシネマコンペティションに選出。「日本映画界の新鮮で革新的な監督の誕生」と絶賛される。その後、世界十四カ国二十に及ぶ映画祭から招待され、第50回ヒホン国際映画祭では日本人初となる最優秀作品賞を受賞。第28回高崎映画祭で新進監督グランプリを受賞。『ぼんとリンちゃん』が監督二作目となる。

 

 

佐倉絵麻(さくら・えま)

1995年生まれ 兵庫県出身。スカウトをきっかけに芸能界入りし、「四国電力」「日清紡」など多数のCMに出演。また、「サムライ転校生~我ガ道ハ武士道ナリ~」(2009年関西テレビ)のヒロイン役でドラマデビュー後、「熱海の捜査官」(2010年テレビ朝日)など話題のドラマや、数多くのミュージッククリップへの出演を果たしている。本作「ぼんとリンちゃん」で映画初主演を果たす。

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