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『最後の命』 松本准平監督 インタビュー

 

最後の命

『最後の命』 松本准平監督 インタビュー

 

──今回の映画化にあたって、原作の中村文則さんや主演の柳楽優弥さんに手紙で依頼をされたそうですね。

 

松本 原作を読んで大切にしたいと思ったので、ちゃんと思いを伝えるために直筆で手紙を書きました。主役も難しい人物像ですよね。でも柳楽さんだったら絶対にこの難しい人物を演じきって下さると思ったんです。普段はあまり手紙を書かないんですけど、企画を出したり、どうしてもその人と会いたい時には出すようにしています。

 

──そうでしたか。手紙にも書かれたかもしれませんが、『最後の命』で「ここを映像にしたい!」と感じたのはどんなところでしたか?

 

松本 僕はドストエフスキーのファンなんですが、中村さんも同じテーマをやられていると思いました。なにか矛盾を抱えた、ふわふわした心の状態…。一方ではこれをやりたいと思いながら、もう一方で違うことをやってしまう人物像にひかれています。僕も一作目でそういう人物を描こうとしたんですが、中村さんはもっと突きつめた形で、しかもエンターテインメントとしてやられている。中村さんの作品は他にもいくつか読んでいて、初期の方がドストエフスキーっぽいと思っていましたが、『最後の命』には思いっきりそういうテーマがある。善と悪のはざまで揺れ続ける感じ。良心が苦悩していく。さらに『最後の命』には、乗り越えた時の希望も強く提示しようとなさっていた。その希望のあり方も、なかなか普通では思いつかないような<少し異質なんだけれど、確かにこれは希望だよね>というもの。「一緒に狂うよ」というセリフに感動しました。それで、この作品をぜひ映画化したい! ──と思ったんです。

 

──原作は独白が多いですよね。映画では、言葉を使わずに印象的なシーンとしてズバッと落とし込んでいて印象深かったです。主人公の桂人の部屋も気になりました。ベッドのある部屋は外とつながりがあるのだけれど、奥の部屋は閉じられた空間のように見えて。

 

松本 部屋の区別は意識的に考えました。最初の第一案の段階では、まだ雑多な感じで、それぞれの部屋の区別はあまりなかったんです。でも、せっかく二つの部屋があるし、「2」というキーワードはこの作品の中でとても大事なので、外に向いている空間と、内にこもっている空間でハッキリ区別した方が良いかな、と思ったんです。

 

──その部屋に入る光の感じも印象的でした。他のシーンでも明るいところと暗いところの対比があって。

 

松本 最初はテーマとリンクさせるために 、明暗をハッキリさせようと思ったんですよね。それで、いくつかそういう箇所を入れています。でも、最終的には、カラコレを見せてもらって、明暗はハッキリしているけれど、ぼやっとつながっていく方が良いと感じました。善悪二元論的なテーマで最初は進んでいくんですが、本質的にはその境はハッキリしていない。それが割り切れない作品だし、光がぼやっと彼らを包んでいる方が良いのかな、と思って、最終的にはぼやっとした光にしました。

 

──いろいろな光の表現がありました。炎も印象深かったです。

 

松本 火は中村さんも意識されているんじゃないかと思うんです。ところどころで出てくる。『銃』という本の中に『火』という短編が収録されていて、それは女性にフォーカスした作品なのですけれど、脚本家から「『最後の命』とリンクした作品じゃないですか」といって薦められたんです。それが記憶に残っていて、演出する時に火を焚いたということがあります。

 

──主人公たちが火を見るのが、物語のスタートでもありますよね。少年たちが家出した夜に、光が漏れていて、何だろう? と近寄る。すると、それは希望の光ではなく、白痴的なホームレスのやっちりが強姦されている現場だった。桂人と冴木にとって、大変な出来事だったわけですが、二人の合い言葉に「世界が、終わる」というものがありますよね。この現場はどこか「世界の終わり」のような、絶望的な光景なのかな、と感じました。

 

松本 この映画の中で、「世界が、終わる」というワードは数回出てきます。これは二人の映画じゃないですか。二人の友情を主軸に置いた方が良いので、「世界が、終わる」という重要な合言葉をクローズアップしたんです。最後にも絶対に使わないといけない、と思いました。「世界の終わり」という言葉自体は、僕はそんなに意識はしていませんが、中村さんは、二人の人生のありさまや事件とリンクさせているんだろうと思っています。たぶん、僕も同じようなことを感じている。

 

──やっちりは「聖なる愚か者」という感じで、ドストエフスキー作品に出てくる「無垢の象徴」につながりますね。

 

松本 それはハッキリ意識していますね(笑)。

 

内田慈1ショット  中嶋しゅう1ショット 
 土師野隆之介1ショット  板垣李光人1ショット

 

 

 

──二人は、やっちりの強姦現場を見て、なにか「大切なもの」が壊される体験をして、自分たちの足場が揺らいでしまう…。絶望のなかで生命感を求めてみたら、冴木君は独特のところに着目して、強姦する側に感情移入してしまう…。

 

松本 希望が見つからない場合には、染まってしまった方が楽だということがありますよね。絶対的な何かが破壊されたとき。彼らにとっては「守られている世界」や「良いとされている世界」。そこで冴木君は破壊したものに馴染むというか、そのものになってしまった方が生きやすいと感じたのかもしれない。桂人はそこに行かないように、さまようんですけど。そういうところは現代のムードだという気がしますね。

 

──冴木君は「俺はあの時、勃起した」と言いますね。その理由として「自分で自分を守るように」というセリフが印象的でした。

 

松本 そっちの方に行かないと、人生を生きられなかった、という感じですよね。最近の人の性の感覚を聞くと、例えば夜の六本木や新宿で出会う若い人たちは、倫理観が崩れかけているように感じます。セックスに対する価値観がおかしい。過激なプレイでないとだめだとか、複数でのセックスでないとだめだとかね。それを求めて街に出てくる人たちが多いというのも、何かを表していると思う。どんどん、より刺激のあるものを求めている気がします。

 

──『最後の命』のトークショーにも出られていた宮台真司さんも、そういった性の現場を取材されていましたね。

 

松本 先日お会いしましたが、同じようなことを仰っていました。「その辺を取材すると、社会の10年後が分かる」と。性に関する倫理観は、どんどん消滅していっているような気がしますね。

 

 ──『最後の命』の桂人は、そういう触れ合いに対して、逆の方向へ行ってしまったわけですね。人と接することを恐れ、むしろ、死に惹かれていくというか…。

 

松本 「死に惹かれる」というか、もうやめたいんじゃないですか、生きることを。彼にとっては、すごくつらいことだと思いますね。生きる心地がしないので。「死んだ方が良い」とは思っているかもしれないですね。原作では、「死をめちゃめちゃ感じることによって、生の感覚を得られる」という描写がありますよね。死に対する強烈な刺激を得ないと、生きている感じがしない。そう考えていくと、根本的には桂人も冴木も同じ病気なんでしょうね。

 

──桂人は実際に死ぬことはなく、その寸前で思いとどまる。冴木もそういうところがありますね。

 

松本 「寸前で」というのはドストエフスキーっぽいですね。もしくは「やっちゃって、その後悩む」とか。やはり最後まで良心が二人の中に残っているんですよね。それを表現したいと思いました。そこには中村さんもこだわっていると思います。

 

──そして、この二人のキャラクターのそばに香里がいますね。原作とはまた違った描かれ方をしています。

 

松本 原作を読んだ時に、香里をもっと入れた方が良いと思いました。ラストにも絡んでいますから。小説では別の存在として現れていますが、そこではこの二人とは別の世界のコンテクストを広げているので良いと思うんです。でも映画においては原因と結果を見えるようにしようと思って、同級生にしました。冴木の暗い部分と関わっている風にした方が良いと思って。

 

──主人公の二人に寄り添った存在として描かれていますが、監督は香里をどんなキャラクターだと考えられたのでしょうか?

 

松本 そうですね…、わりと現代人っぽいんじゃないですかね。それを人物としてきちんと作り上げていくと、こんな人になるのかもしれません。いろいろやってはいるものの、何の確証もなく、自らが「こう生きたい」という意思を持っていない。そうすると、感情で動くことになると思うんですが、「こうした方が良いんじゃないかな」という感情が一つあるとしたら、それとは別の感情も持っていて、二つの間で揺れてしまう。桂人と冴木が明確にそれぞれの道を行くのに対して、彼女は一人の人物の中で「揺れ」を抱いている存在にしようと思いました。

 

──桂人に昔のことを話すシーンで、「冴木君に何でも好きにして良いよと言ったの」と語りますよね。もともと親の言いなりになって精神を崩した人ですけど、他人を受け入れつつも、弱いから壊れてしまう感じなのでしょうか。

 

松本 そうですね。例えば、彼女は本当はもっと性欲が強いと思うんですよ。もっとセックスに対して興味を持っているはず。初稿では、一度「好きにして良いよ」と言って襲われた後、何回も自分から誘ったというセリフを入れていたんです。そういうプレイをしていたと。現実世界ではそういう人の方が多いと思うんですよね。そうしながら、一方では自分が過激なプレイをしていることに悩んでいる。本当はもっと愛が欲しいと思っているんです。でも自分のトラウマを忘れさせてくれる快楽なので、セックスは好きだと。それでちょっとセリフを残しているんです。「私、もう一人好きな人ができて、すごくセックスをしているの」という風に。ああいう要素をもっと強くしても良かったかな、と思います。

 

──なるほど。あと、香里は桂人に「あなたが落ちぶれたら会いに行くよ。私、あなたのためになるから」と言いますね。なにかしてあげたいと思っている。

 

松本 まず自分に対する評価が低いのは確かですよね。だから、素直に愛を受け取れなかったりするんですけど、そうでありながら愛情を欲しているし、愛されたいと思っている。

 

──香里は無垢なんでしょうか。やっちりとは全然違いますけど…。

 

松本 この人自身は無垢ではないと思いますけどね。…でも、そもそもみんな無垢なんです。人生の経験において穢いことやいろんなものが積もってくるわけで。それを否定したくはなかったし、当然、それが現実じゃないですか。そういうものを受け入れながらどう生きていくかだと思います。無垢な部分はあっても、存在自体が無垢な人というのはいないでしょうね。やっちりみたいに白痴だったら、ずっと無垢でいられるんでしょうけど、そういうわけにはいかないから…。

 

──香里はいつも滅茶苦茶なことをして、桂人はずっとそれを受け入れざるを得ない関係ですよね。なにか不条理の象徴みたいでもありました。

 

松本 つき合うのは大変ですよね。こういう女性については、いろいろと思うこともあって、もうちょっと掘り下げてみたいと思っています。今回の作品は男二人が軸でしたけど、こういう女性にフォーカスした作品も撮ってみたいですね。

 

 

 

比留川游1ショット  比留川游2
 サブ4  サブ5

──面白そうですね。仰るように今回の映画では女性ではなく、主人公の男二人にフォーカスされていました。原作よりも、より二人の関係性が深い印象があります。男同士の愛というか、なにかしらの絆…。

 

松本 僕もそういうのは気になるんですよね。そのモチーフはすごく気になる。男女だと性愛が絡むじゃないですか。それとは違う形での愛情やつながりを表現するのには、同性同士の愛と友情は良いですよね。

  

──冴木は「桂人がいなくなれば、悪を感じずに欲望通りの人間になれる」と言っていて、一方の桂人は冴木はいることで「生きていられる」と安心する部分がある。支え合っている感じがしますが、もし男女だったら依存が生まれて関係が崩れる気もします。男同士だから独特の距離感があるのかなぁと。

 

松本 僕は前作も同性愛の話だったし、同性同士の愛に興味があるんですよね。モチーフとして重要なものだと思っています。男女では表現できない何かがありますね。

 

──そういう絶妙な関係性は、物語の最後に集約されていきますね。原作ではメールで語られる冴木の告白が、映画では実際に二人がやりとりをしているように描かれています。ここも良かったです。

 

松本 この映画は、回想が結構出てくるんですよね。そういう語り口には、夢のようなものが効果的だと思いました。レイヤーをどんどん重ねていく感じなので。セリフが長いので、どこをチョイスするかは脚本家と話し合いました。

 

──全体的に夢なのか現実なのかハッキリと描いてはいませんでしたね。序盤でも、パッと目覚めると高校生になっているシーンがあって、どこが本当なのか分からない不思議さが魅力でした。

 

松本 原作は「意識」をテーマにしている小説だと思うんですよ。ドストエフスキーもそうですけど、意識を語る時には、そのまま時系列を追うよりも、こうやって作った方が世界に入っていく感じがしますよね。もともと回想の扱い方に興味があるんです。脚本家と二人で話して、回想の面白い語り口を探しました。

 

──出来事が時間でつながっているのではなく、意識でつながっているわけですね。興味深いです。過去と現在のつながりもそうで、後半の歩道橋のシーンでは、桂人が上から冴木を見ていますが、子供の頃も同じように部屋から下にいる冴木を見ていました。二つのシーンが重なりました。

 

松本 ああいうところは同じ構図ですね。何らかの形や距離の関係性がある。子供の時も、必ず冴木君が先を歩いていて、桂人君がついていくんですよね。冴木はどんどん行っちゃう人ですから。悩みながらも進んでいく感じ。桂人君は、逆に止まって考えるタイプですね。

 

 

矢野聖人1ショット  サブ3
 柳楽優弥  最後の命2

──なるほど。そして歩道橋のシーンからクライマックスに入ります。雨が印象深かったです。

 

松本 僕はロマン主義の絵画が好きなんですよ。だから、ロマンチックにしたいと思いました。二人のつながりを深く描くには、叙事的な語り口よりも、ロマンチックな語り口の方が良いんじゃないかと思ったんです。だから雨も降らせるし、病院では光も入れる。むしろ、そこにしか希望がない気がするんですよね。事物や出来事だけを見ていると、嫌なことばかりが見えるでしょう。でも二人の感情にフォーカスすれば希望がある気がしたので、そういう語り口にしました。

 

──なるほど。最後に、冴木は合い言葉の「世界が、」を言いますよね。でも桂人は「終わる」とは言わずにいる。ここで感じたのは、合言葉の「世界が、終わる」は、つらいことがあったら秘密基地に逃げようという意味でしたよね。「逃げる」という意味の入った言葉。でも最後に桂人が「終わる」と言わなかったのは、逃げるのとは別の人生を選んだからなのかなぁって。ここは映画独自の展開でした。

 

松本 冴木も「世界が、」と言いながら、「終わる」は期待していないと思うんです。言って欲しいと思ってはいないと思います。演出をするときに、たしかそう伝えたと思います。この「世界が、」は、今までの「世界が、」とは違う、と。「生きてくれ」という思いの「世界が、」だと思うんですよね。

 

──面白いです。そして桂人は、「生きていることを受け入れようと思う」「生きていることを悔やむのをやめよう」という心持ちになりますね。「やっちりを殺した世界で」と言いながら…。

 

松本 ずっと、やっちりを殺すような世界で生きることをためらっていたわけですよね。でも、冴木とのやり取りの中で、「やっちりを殺した世界」であるとしても生きよう、と変わった感じですね。

 

──そのあとで「俺も一緒に狂おうと思う」と桂人は語りますが、松本監督が原作を読んで最初から印象に残っていた言葉ですね。映画は原作よりも最後の「狂う」という言葉が広がりを持った感じでした。

 

松本 「狂う」ということは、別に悪いことではないと思うんですよ。みんな、自覚しないままに、狂ってしまう時代だと思いますし、絶対的な倫理が無くなってきていると感じています。今回はセリフ自体の意味よりも、あの言葉を言った彼の覚悟の方が重要だな、と思っています。狂っても良いから一緒にいるという覚悟とか、落ちていこうとしている人との絆を絶対に切らないとか。それが大事だと思いました。

 

──全体のテーマにもつながる大事なところですね。では最後に作品が出来上がった感想をお聞きしたいと思います。原作に出会って映画化したい思っていた頃と、実際に役者さんが入って出来上がった後とでは、この物語の印象として変わったところはありましたか?

 

松本 前作の『まだ、人間』では、何かを否定したかったんです。現代社会もそうですが、人間のありように対する批判をしたいと思っていました。『まだ、人間』でも、そこから何らかの希望を出そうとしてもがいたんですが、とにかく「人間の罪」というものを描きたかったんですね。『最後の命』をはじめた時も、人間の罪を描きたいと思っていましたが、ところどころの選択で、彼らを肯定していく流れに変わっていったと思います。だから、優しい映画が出来たんじゃないかと自分では思っています。どん底だけれど彼らを肯定しているし、僕自身の中にもそういう思いがあったんだなあ、と感じました。

 

──救いや希望が現れてきたということでしょうか。

 

松本 「罪」を物語性が強い形で描けると思ってこの原作をチョイスしたんですが、最後の最後は、みんな罪びとなんですよね。僕はクリスチャンだし、ドストエフスキーもそういう表現をしていたと思いますが、みんな罪を抱えているんだと思うんです。でも、そこをとやかく言うことには何の意味もないんじゃないかと思っています。罪は確かにある。でも、それ以上に、彼らの中には別の何か、他人を思いやれる力だったり、深く愛する力だったり、友人のために泣く力があったりする。そっちの方が罪なんかよりもよっぽど大事なんだと、自分も心のなかでどんどん変わっていきました。優しい映画になったと思うので、希望を感じてもらえれば良いなと思っています。

 

映画情報

『最後の命』

11月8日(土)より

新宿バルト9ほか全国公開

 

監督:松本准平    

原作:中村文則「最後の命」(講談社文庫)

出演:柳楽優弥、矢野聖人、比留川游、内田慈、池端レイナ、土師野隆之介、板垣李光人、りりィ、滝藤賢一、中嶋しゅう

配給・宣伝:ティ・ジョイ

http://saigonoinochi.com/

 

©2014 beachwalkers. 

 

 

 過去に傷つく 彼らに起きた事件 

 その真相は、彼らが生きる理由になる

 “最後の命”とは

 

<物語>

 幼少期に犯罪に巻き込まれた明瀬桂人と冴木裕一。

大人になった桂人は記憶に苛まれ、人と肌を重ねる事に穢れを感じる様になっていた。目的無く続けるフランス文学の翻訳作業。心を病み入院をしている同級生で恋人の香里との電話。最低限の人との関わりの中で生きる彼の元に、冴木から高校を卒業して以来の連絡が届く。

そして・・・。二人が再会した夜、桂人の部屋で顔見知りの女性が殺された。

取り調べを受ける桂人に刑事が告げる「冴木裕一は全国指名手配中の容疑者だ。」幼少期のあの事件の時、冴木は何を感じ、何を抱えて生きてきたのか。そして何の為に桂人に会いにきたのか。ラストに明かされる衝撃の真実。“最後の命”この言葉の意味を知った時、あなたは何を思うだろう。

 

 

 

 

 

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プロフィール

松本准平(まつもと じゅんぺい)
1984年12月4日生 長崎県出身。
東京大学工学部建築学科卒業、同大学院建築学専攻修了。
吉本総合芸能学校(NSC)東京校12期生。NPO法人を設立し映像製作を開始。
2012年、劇場監督デビュー作『まだ、人間』を発表 
松本准平宣材2012