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イニ・キャリーン・メルビーに聞くミシェル・オスローのアニメ

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 長編アニメ「キリクと魔女」「プリンス&プリンセス」さらに「アズールとアズマール」などを監督したフランスのアニメ作家ミシェル・オスロー(Michel Ocelot)氏には、私はこれまで4度インタビューし「季刊S」に紹介してきた。そして、14年夏の第15回広島国際アニメーション・フェスティバルに、国際審査員のひとりとして、ノルウェーのグラフィック・デザイナーでアニメーション監督でもあるイニ・キャリーン・メルビー(Inni Karine Melbye)さんが来日した。彼女はミシェル・オスローのアニメ「プリンス&プリンセス」(00)にかかわり、とりわけこのシルエット・アニメで日本を舞台にしたエピソード「泥棒と老婆」に深くかかわった。そのいきさつと、現在進行中のミシェル・オスロー監督の新作アニメについて、話をきいた。


 

 

1. 私は「白雪姫」と共に生まれた

 

小野 メルビーさんは、ディズニー最初の長編アニメ「白雪姫」の公開の年にお生まれになったと、今年の広島アニメフェスの審査員として、自己紹介の資料に書かれていますね。ということは1938年、ノルウェーのオスロ生まれということですが、でもそのときは、まだ「白雪姫」のアニメはごらんになっていませんよね。

メルビー 生まれたばかりで、もちろん見ていません(笑)。実際に見たのは4歳のときです。もう戦争のさなかでした。

小野 あのアニメには、恐ろしい場面がありますね。女王が魔法によってみにくいおばあさんに変身するシーンにこわくなって、子どものとき映画館からとびだしたというフランスのアーティストの話をきいたことがあります。私はそれは平気でしたが、主人公の白雪姫より、悪い女王のほうがセクシーだと、子どもごころにかすかに感じたことを覚えていますが…。

メルビー 子どもはふつう、そうは思わないでしょうけど、潜在意識でそういう気持ちをもつかもしれないわね。「王女は美しいけれどこわい」と、子どもは思うのじゃないかしら。あの女王には、一種のスーパーウーマンのイメージがあるかもしれない。子どもたちがこわがり、驚くようなシーンがあるけど、子どもは驚かされることも好きですからね。

小野 「白雪姫」に続いてディズニーが作った「ピノキオ」(1940)にも、子どもがロバに変えられるところなど、こわいシーンがいろいろありますね。

メルビー 「ピノキオ」はすばらしいわ。あれは、「ウソをついてはダメよ」と子どもに教えるモラル的なアニメね。

小野 その「ピノキオ」の日本公開時に出版された大判のアニメ絵本を、私は入手しました。子どものとき見ていたのですが、アニメのセルを再構成した全ページカラーの本(日本語版の訳を「赤毛のアン」の村岡花子が訳している)で、アメリカでももう入手できない本でしょうね。そして、ディズニー・アニメのお姫さまなどが出てくる古典的なアニメを、まったく新しい視点で再提出したのが、フランスのミシェル・オスロー監督が作られた「プリンス&プリンセス」(2000)と言えるかもしれませんね。とても新鮮なシルエット・アニメでした。

メルビー 私は1990年代からオスロー氏の作品にかかわるようになったのですが、「プリンス&プリンセス」のプロジェクトは、1999年に始まりました。私が彼に会ったのは、その年の5月で協力を頼まれました。ミシェルはこの作品のストーリーボードを6月に手がけましたが、撮影は南フランスのラファドリックで、冬に始まったのです。そこにフランスのアニメ作家ラギオニ(「グウェン 砂の本」などの長編アニメの監督)のスタジオがあり、それをミシェルに貸してくれたのです。私たちスタッフは、その村に住んで、すべての準備をしました。

小野 スタッフは何人?

メルビー 60分の長編は、8つの短編のストーリーで構成されています。製作に9か月かかります。アニメーターやデザイナーのスタッフは8名。私はデザイナーですがアニメーターでもあり、6人のアニメーターが、それぞれ1台ずつカメラを計6台用意し、同じ部屋で撮影をしました。つまり、この仕事場が〈イメージのファクトリー〉でした。美術や背景作りやアニメもしなくてはいけない。ミシェルは、ストーリーボードをすべて描きあげて、用意していました。

 

 

オスロ監督作品『キリクと魔女』より キリクと魔女02 『キリクと魔女』より (C)Les Armateurs / Odec Kid Cartoons / France 3 cinéma / Studio O / RTBF / Monipoly / TEF / Exposure.

 

ミシェル・オスロー監督作品『キリクと魔女』より

©Les Armateurs / Odec Kid Cartoons / France 3 cinéma / Studio O / RTBF / Monipoly / TEF / Exposure.

 

 

2. シルエット・アニメの動きとは

 

小野 でも、ふつうのアニメと違って、シルエットの切り紙アニメならではの苦心があったと思いますが。

メルビー そうなのです。私はこの長編のなかの第2話「少年といちじく」の女王のキャラクターも担当しました。農夫の少年が献上したイチヂクを女王が喜ぶ。この女王の表情を作らなくてはならない。女王が怒り狂う場面がありますが、黒い紙を切りぬいて女王の姿を作りますが、セリフに合わせて口の部分の動きをつけなくてはならない。それで口の部分は、いろいろに口の開きかたを変えたものをたくさん作ってあてはめていく…。

小野 シルエットの顔で、口の動きのリップ・シンクをコマ撮りするのですね。セリフはフランス語でしょう?

メルビー そうです。だからフランス語のセリフに合わせて、口の部分をいくつも作る。私が口を開ける動きを見せると「それじゃ動きが足りない。もっと口を大きく、おおげさに動かしてくれ」とミシェルに言われ、何度もやり直しました。女王の怒りの表情のアニメを、もっと派手に、怒りの表情を出してくれというのです。この話では、エジプトの美術を研究しました。太陽が舟に乗せられて昇ってくるという神話のイメージも作りました。

小野 それで、あなたが全面的に担当したのが、北斎の版画を参考にした「泥棒と老婆」の話ですね。

メルビー ミシェルは北斎や広重など、日本美術の本をどっさり仕事場に持ちこみました。美しい着物を盗もうとした泥棒に、罰として自分を背負って行きたいところに行かせる──という内容で、富士山まで行かせて、御来光を見たりする。こうした話はアラビアンナイトにもありますが、ミシェルは自分で工夫して日本の話にした。夜から夜明けにかけての話なので、光のさしこむ感じと、朝もや、霧がかかる日本の風景を描くように、その雰囲気描写に苦労しました。夜の木立とか、朝の空気感など、洗練された感覚を生みだそうとしました。

小野 シルエットを切りぬいて、微妙な動きを描くのは、たいへんだったでしょう。

メルビー それが出来たのは〈触感的な手作業〉のおかげです。こうしたアニメの動きを職人的にくり返し続けていくと、切り紙をする手の動きと脳のはたらきが結びついて、とつぜん動きの感覚をつかんでしまう。つまり、指さきと脳が同期したように自然に流れるように進むようになる──これは、ノーマン・マクラレンがすでに指摘していることなのです。彼も切り絵アニメを試みていて、その製作過程で、からだの一部がまるで楽器のようになり、音楽をかなでるように動いていく。それを私は経験しました。

小野 それはまるでダンスですね。ダンスも慣れてくると、次の動きなど意識しないで、自然にからだが動くようになります。

メルビー その通り。ダンスを踊るのと似た感覚ね。私はカリグラファー(書家)でもあるのですが、カリグラフィもダンスに通じる感覚があるわ。

小野 「プリンス&プリンセス」のなかの短編は、とてもしゃれていますね。宇宙船が出てくるSF的な内容のものもある。

メルビー あれは未来的な感覚を出すために、宇宙船とかメカのデザインを、わざと角ばった形にしたのよ。

小野 魔法でアリにされた人間が、ダイヤモンドの粒を運ぶ最初の話は、とても美しいですね。シルエットの黒と夜景に、ダイヤモンドのきらめきがすばらしく幻想的でした。

メルビー あれはとてもフランスらしいアニメね。優雅に洗練されている。でも、最後の男性と女性、つまり王子と王女が魔法で変身を続けているうちに、ついに男女がいれかわってしまうという話は、とても新しい感覚があるわ。性の交換、異性になりたい願望などが反映されている。

小野 おどぎばなしの形をとりながらも、あれはとても現代的で皮肉がきいていて、すごいなと思いながら笑いましたよ。

 

 

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『プリンス&プリンセス』の中の短編『泥棒と老婆』より

 

 

3. ミシェル・オスローの新作は?

 

小野 それで、オスロー監督の次の長編アニメの企画は進んでいますか。

メルビー いま新しいシナリオにとりかかっていて、映画の完成までにあと2年はかかるわね。物語の設定は19世紀末から20世紀始めのパリです。1900年にはパリはオペラ座があったり、あの頃のパリは、文化的に世界の中心だった。すばらしいアーティストや音楽家たちがいた。トゥールーズ・ロートレックや、若き日のピカソも来ていたし、ロシアからバレエ・ダンサーが来たり…。

小野 藤田嗣治もいましたね。モンマルトルのキキといわれた女性が、いろいろな画家たちのモデルになっていたし。

メルビー そう。藤田もいたわね。そのパリへ、マルティニックの島から、貧しい両親のもとに育った女の子がやってくる。彼女の世話をするのは、パリに住む15歳の少年なの。当時はだれでもフランスのパリのことは知っているけれど、遠くから来た小さな女の子は知らない。その子を男の子がパリをいっしょにまわって見せていく。6歳の女の子にとっては、まったく別の時間、別の場所にやってきたように感じている。これはおとぎばなしではないのよ。

小野 それは「キリクと魔女」以来、オスロー氏のアニメのテーマである異文化との接触を描いた作品につながりますね。西アフリカの民話に始まっている。

メルビー その通りね。「アズールとアズマール」は、とつぜん少年がアラブの別世界にとびこんでいく。別の世界にいる自分を発見して生きていく話でした。今度も、文化の重要性と、文化の理解を子どもふたりの視点から描いていくことになる…。

小野 すると、その時代のパリの姿を背景として描かなくてはなりませんね。

メルビー そのためミシェルは、古いパリの写真をもとに、それに色彩を加えてアニメの背景に変えていっている。その頃の時代のスタイルを表わそうとしている。当時ロートレックは日記を書いていて、それも生かすみたい。作家のマルセル・プルーストもいたし。女の子の名はディリーで、アニメのタイトルは「パリのディリー」(Dillie á Paris)です。すでに脚本を2度書いていて、完成は2年後の予定。早ければ次の16年の広島アニメ大会に間にあうかもね(笑)。

小野 「アズールとアズマール」では、CGをうまく使っていましたが…。

メルビー いまコンピュータでデザイナーたちがキャラクターたちを描いたりしている。背景は新しい技法を用いて、とても洗練されたものになるはずよ。3Dに見えるような2D作品で、80分の長さになる予定です。

 

 

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ミシェル・オスロー監督作品『アズールとアスマール』より

©2006 Nord-Ouest Production – Mac Guff Ligne – Studio O – France 3 Cinema – Rhone-Alpes Cinema – Artemis Production – Zahorimedia – Intuitions Films – Lucky Red

 

 

「私はカリグラファーでもあるので、シルエット・アニメの『泥棒と老婆』に出てくる俳句を、フランス語のカリグラフィで書いてみたので、さしあげます」と言って、メルビーさんに渡されたものをここに紹介しておく。このインタビューは第15回広島アニメフェスの初日、14年8月21日に行われた。

 

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メルビー氏近影と俳句のカリグラフィ

 

DVD『キリクと魔女』

(C)Les Armateurs / Odec Kid Cartoons / France 3 cinéma / Studio O / RTBF / Monipoly / TEF / Exposure. 発売元:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 価格:3,800円+税

 

 

発売元:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
価格:3,800円+税

©Les Armateurs / Odec Kid Cartoons / France 3 cinéma / Studio O / RTBF / Monipoly / TEF / Exposure.

DVD『アズールとアスマール』

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発売元:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
価格:3,800円+税

©Les Armateurs / Odec Kid Cartoons / France 3 cinéma / Studio O / RTBF / Monipoly / TEF / Exposure.